不動産投資の重要なお知らせ

正直いって、アメリカ市場ではB社の参画は、シェアにして一・二%(九八年年間)だから、フードのシェアにそれほど決定的な役割を果たさない。 むしろ、これはナサー社長の経営哲学に則ったものであり、フードの将来マーケティングへの布石とみるべきである。
ヨーロッパ市場は、さらにシェア分捕り合戦が超激烈である。 〇・1%もとれば、すぐ順位が逆転する。
九八年乗用車販売シェアをみても、VWの一八・〇%は別格としても、GM十・五%、プジョーシロエン十・四%、フィア一〇・九%、ルノー一〇・七%、フード一〇・二%と、二位から六位までの差がわずか一・三%しかない。 逆にいえば、この市場で〇・一%のシェアをとることは、まったく至難の業なのだ。
そこで、GMとフードの関係をみる。 現有勢力では、GM勢(オペル、サーブ、ボグゾル)が合計して十・五%、フード勢(欧州フード、ジャガー)が一〇・二%で、フードはGMに一日の遅れをとっている。
ところがここでB社を買収するとどうか。 B社のシェアは一・七%だから、フード勢は十・九%となり、GMに〇・四%の差をつけて、逆転する。

前述したように、ここでかんなんしんくは〇・一%のシェアは難難辛苦の賜物なのである。 この〇・四%こそ、明日への糧なのである。
以上、三つの意味は、それが五〇〇億SKに値するかどうか、いまは速断できない。 安い買い物であったか、高くついた買い物であったかは、今後に残された課題である。
ただ、これでフードがンカーン、ジャガー、′B社をリオとした高級ブランド・メーカーに進化したことはへまちがいない。 いま九九年一月から五月のアメリカ乗用車販売をみる。
B社を含めたフード社全体では、七〇万四二六三台であった。 それを一〇〇として、この高級ブランド・リオの構成比をみると、つぎのようになっている。
リンカーン六・六%B社六・六%ジャガー一・三%かりに、いわゆる高級車部門をリンカーンーマーキュリー部門とすれば、二七・五%となる。 これにジャガー、B社を加えたとき、合計は、フード全体の三五・四%である。
高級ブランド・メーカーとして、さらに充実した存在になる。 そこをナサー社長は、ねらった。
フードがB社乗用車部門の買収を発して、一週間もたたない二月一日、フィアットは一三〇億ドル出してB社全体を買収すると提案したが、これはカードでいうジョーカーの出し遅れであった。 一九九八年五月、ドイツの高級車メーカー、ダイムラー・ベンツとアメリカ三位自動車メーカーのC社は対等合併することを発、十月にはダイムラーC社という世界三位の会社が誕生した。
これは二一世紀の世界自動車産業が直面する危機感が、原点であった。 九九年一月、アメリカ二位のフードは、スウェーデンのB社乗用車部門を買収、そして同年三月、ルノーは苦境の日産自動車に資本・経営参加して、他界戦略に大きく乗り出した。
これは、日産の膨大な借金が引き金となった。 フードは、B社を七〇〇〇億円以上出して買収した。

いまアメリカでいちばん余裕資金があるとはいえ、莫大な金だ。 一方、B社はその売却金で同じスウェーデンの商用車メーカー、スカニアと、アメリカの独立系商用車メーカー、ナビスターの株式買占めを計画、世界一の商用車メーカーをめざしている.これは、B社が乗用車の牡界的競争のはげしさに堪えかねて、「試合放棄」したものだ。
これらの動きは平和な時代の世界再編ではない.K(格闘技)のような、生き残りを賭けたはげしい世界的乱性の「車間」なのである。 ダイムラーとC社の場合、考えてみれば、両社はともに記録的な高収益を生んでいた。
商品も個性にちがいはあるが、いちおう、高級車から小型車までそろえていた。 だから、それを補完し合うというなら、業務提携や技術提携でまにあうはずであった。
ところが、いっきょに合併というのっぴきならぬ事態にふみ込んでしまった。 ここまでしなければならぬ理由に、なにがあったのか。
それは端的にいってしまえば、二一世紀初頭の自動車戦争に賭けた生き残り戦略であった。 この合併を前にして、イーン会長はいみじくもいった。
「自動車業界は、過酷な競争とはげしい統合の時代を迎え、いま二〇社ほどある独立系企業の数は、今後十年間で一ダース以下に減少していくだろう」と。 九九年一月に引退したフード会長A・ロッマン氏は、九八年はじめころから、こんな衝撃的な発言をくり返すようになった。
「いま世界には独立自動車会社は二十数社あるが、今後一〇年以内に五社ていどしか生存できなくなるだろう」と。 「五社ていど」といえば、少し自動車企業に関心がある人なら、だいたいの推定レベルである。
この両巨頭の発言をまつまでもなく 、いま世界の自動車企業は、生き残りを賭けで激闘をつづけている。 その模様はまさに「車闘」の一語につきる。

その裏づけとなるこれまでの数字をみてみよう。 ダイムラーC社が合併のときに作敵した資料のひとつである。
対象となった企業の定義がややあいまいだが、世界の自動車産業が過去四〇年近いあいだ、どのような再編劇をくり返してきたか、傾向はわかる。 これをみると、世界の独立系自動車企業は六〇年に四二社、七〇年に三五社、八〇年に二九社と離合集散が起こり、九〇年に二一社、九九年に一六社となっている。
六〇年に存在した会社数を一〇〇とすれば九九年はじつに三八に減少している。 しかも、である。
ここには、たとえばルノーと日産のような資本・経営参加の再編は入っていない。 事実上、「串間」に負けた自然淘汰の結果のみである。
それでさえ、四〇年間で会社数が三分の一になっているのである。 その「車間」を意識した最中に起きたのが、ダイムラーC社の合併だった。
世界は、ひとしく衝撃を受けた。 それは、そこに共通の危機感があったにもかかわらず、あえてそれから逃げていたからだった。
その危機感とは、大きく分けてふたつの局面がある。 ひとつは、当事者同士の目先の戦術である。
もうひとつは、もっと長期的視野に立った危機管理である。 こうかん目先の戦術とは、いったいどんなものか。
巷間、この合併には、ふたつの必然的な背景があったとされている。 商品の補完性と販売地域の補完性である。
これもたしかにあった。 その必のミニカーと中・小型トラックを除いて、価格でも、サイズでも、フルラインをそろえることができた。

まさしくタテ型フルライン・ポリシーはほぼ完備している。 これを単純に両社商品を合わせて、価格帯と販売台数をみたのである。
まとめとしていえば、低価格車はC社の商品が多く売れており、四万ドル以上の商品になると、ダイムラーのほうが売れている。 これまた商売のうえでは、まずまずうまくいきそうである。
中へ「市場シェア」とはその地域の全自動車販売台数を一〇〇としたときのシェアである。 このはなにを語っているか。
それは、地球上で北米、西欧、南米、南アフリカにあっては、いちおうどちらかの会社がほどほどのシェアをとっているが東欧とアジア・太平洋地域がさびしいのである。 ただ、この地域はふたつとも、自動車の販売が最盛期を迎えるには、まだ時間がかかるとはいえ、いつライバルが猛攻をしかけてこないとも限らない。
それを考えると、安閑としてはいられない。 そこで、少なくともアジア・太平洋地域の担い手に、日本の日産自動車を取り込み、東欧はダイムラーが拠点を設営すれば、全世界への布石が打てると考えたわけである。

ただ、これはかなり近視眼的な視点である。

ビジネス視点で不動産投資の価値としての内容面を読み取るための不動産投資の一面という二つの目標が説明文には書かれているのです。
不動産投資そっと教えます、不動産投資について学ぶは外せないでしょう。
仲間と一緒に不動産投資の探し方探すなら、不動産投資の探し方のホームページです。